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古代ローマの遺物を思わせる、金の細い針金で歯を結んだ歯列装具の静物。白い展示台に自然光

歯科矯正は古代からあった

歯並びを治そうとした最初の記録は、古代ローマの時代にさかのぼります。糸で縛り、金属の板で押し、ときには歯を抜く。2000年近い試行錯誤の先に、今の矯正があります。

①今日のTIPS
矯正の記録は、ローマ時代からあった

あごの異常を最初に記したのはヒポクラテス。
歯並びの治療法を最初に提案したのは、古代ローマのケルススでした。

古代ローマの遺物を思わせる、金の細い針金で歯を結んだ歯列装具の静物。白い展示台に自然光
歯並びを治そうとした記録は、古代ローマにさかのぼります(イメージ)
中世アラビアの医学書を思わせる、革表紙の古い本と幾何学模様の飾り(文字は無い)。そばに小さな金属の器具
中世の医師は「隣の歯を揺らさないよう、何日もかけて」と説きました(イメージ)

歯科矯正は、近代の技術のように思えます。けれど長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』によると、あごの異常を最初に書き残したのは古代ギリシャの医師ヒポクラテスでした[1]。

そして、歯並びの治療法を最初に提案したのは古代ローマのケルススです。ここから、歯並びを「治せるもの」と考える歴史が始まります[1]。

中世の医師は「抜く」か「切る」か

7世紀、エギナのパウルスは「余分な歯(過剰歯)が原因なら、切るか抜く」と記しました。中世アラビアの医師アブルカシスは、飛び出た歯は抜き、隣の歯を揺らさないよう何日もかけて処置するよう説いています[1]。

②当時の方法
糸で縛り、板で押し、歯を抜く

近代矯正の祖はフランスのフォシャール。
糸で結び、金属の板で押し、鉗子で一気に動かす方法まで記しました。

18〜19世紀の矯正装置の復元模型。歯列の石膏模型に、金属の板と細いワイヤー、蝋引きの絹糸
フォシャールの時代:糸で結び、金属の板で押す(復元のイメージ)

1728年、フランスの歯科医フォシャールが『外科歯科医』を出版します。本書はこの人を近代矯正の祖と位置づけています[1]。

  • 麻糸や蝋(ろう)を引いた絹糸で歯を結び、引き寄せる(結紮=けっさつ。糸で縛って固定すること)
  • 金属の板を歯に当てて押す
  • 鉗子(かんし。歯をつかむ、はさみのような器具)で歯を少し脱臼させ、正しい位置に固定する「急速矯正」
  • 左右対称に小臼歯(前から4〜5番目の歯)を抜いて、場所をつくる

ハンターの3つの原則

1778年、イギリスのハンターが理論の土台を示します。「必要がなければ乳歯を抜かない」「歯は圧迫して動かす以外に抜かない」「小臼歯が生えそろうまで乱杭歯(らんぐいば。でこぼこの歯並び)に手を付けない」の3つです[1]。

本書は、両側の小臼歯を抜いて並べる方法が、ハンターから260年あまりを経た今も行われていることに触れています[1]。

矯正の2000年(年表)

年できごと
古代ヒポクラテスがあごの異常を記し、ローマのケルススが治療法を提案
1728年フォシャール『外科歯科医』。糸・金属の板・鉗子・小臼歯の抜歯
1778年ハンターの3原則。「圧迫して動かす以外に抜かない」
1819年デラバーが「orthodontie(矯正)」の語を初めて使う
1875年ファーラー「1日0.1mmなら患者は訴えない」。ゆっくり動かす
1892年ケースが「歯根ごと動かさないと後戻りする」ことを示す
1899年アングルの不正咬合の分類
1900年アングルの矯正専門学校
1928年アングルのエッジワイズ装置
長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』第3章[1]をもとに作成。年号・人名は本書による(公開前に別資料で照合)。

③なぜ今の治療に変わったか
「ゆっくり動かす」と「根ごと動かす」

見た目を直す技から、機能を治す科学へ。
アメリカで「ゆっくり動かす」「根ごと動かす」が見つかりました。

舞台はアメリカに移ります。「近世歯科矯正学の父」と呼ばれるキングスレーが1880年に『口蓋奇形』をまとめ、矯正はひとつの学問になっていきます[1]。

1日0.1mmなら、患者は訴えない

1875年、ファーラーは「引っぱる力は休みをおきながら長期に、一定の限度を越えない」と述べました。1日0.1mmなら患者は痛みを訴えない、という観察です[1]。

歯冠だけでなく、根ごと動かす

1892年、ケースは「後戻りを防ぐには、見えている部分(歯冠)だけでなく歯根ごと動かす必要がある」ことを示しました[1]。この考えはアングルのエッジワイズ装置(1928年)に受け継がれ、今のワイヤー矯正につながります。

アングルは1899年に、かみ合わせのずれを3つに分ける分類を発表しました[1]。本書が引くホフマン-アクストヘルムは、矯正は美容目的で始まり、19世紀に科学的な基盤を得て、機能を治す分野へ育ったと総括しています[1]。

日本では明治14年から

日本で矯正が初めて書かれたのは1881(明治14)年、高山紀斎の『保歯新論』です[2]。1914(大正3)年には、日本第1号の矯正患者が治療を受けました[1]。

④今の治療ではこうなっています
抜くか、ゆっくり動かすか、保つか

抜くか抜かないかは測ってから決める。
ゆっくり動かす。
外したあとは保定で守る。
歴史の答えが、今の矯正の土台です。

現代の透明なマウスピース型の装置と、ワイヤー矯正の装置を付けた歯列模型の静物。白い台に自然光
今の矯正:弱い力で、ゆっくり動かす

2000年近い試行錯誤から残った考え方は、今の矯正の中に生きています。

  • 抜くか、抜かないか:フォシャールやハンターの時代から続く問いです。今は検査で歯とあごの大きさを測り、両方を比べてから決めます
  • ゆっくり動かす:ファーラーの観察のとおり、弱い力で時間をかけて動かします。調整のあと数日、押されるような感じが出ることはあります
  • 後戻りと保定:ケースが示したように、歯は元の位置へ戻ろうとします。装置を外したあとは保定装置(リテーナー)で位置を守ります

装置の種類、期間、費用、後戻りまで。今の矯正の全体は、矯正歯科のページでお読みいただけます。

参考文献(2件)
  1. 長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』クインテッセンス出版、1992年。第3章「歯科矯正の始まりは意外と古い」(p.121-131)。本章が引く一次・二次資料:ホフマン-アクストヘルム、川上為次郎『歯科医学史』ほか
  2. 高山紀斎『保歯新論』1881(明治14)年。日本で矯正に初めて触れた記述として、長谷川(1992)第3章 p.130 が引く
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