①今日のTIPS
最古の総入れ歯は、木でできていた
現存する最古の総入れ歯は、1538年に亡くなった尼僧のもの。
ツゲの木を彫った、日本の入れ歯です。

入れ歯は西洋の発明、と思われがちです。けれど長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』によれば、現存する最古の総入れ歯(歯が1本も残っていないあごに入れる入れ歯)は日本にあります[1]。
持ち主は、和歌山・願成寺の尼僧 佛姫(ほとけひめ)。1538年に亡くなった人です。その上あごの入れ歯は、ツゲの木を一つの材から彫り出したものでした[1]。
形も仕組みも、今の総入れ歯とほぼ同じ
この木の入れ歯は、あごの粘膜に吸いついて外れない「吸着」で保持されていました。今の総入れ歯と同じ仕組みです[1]。
ヨーロッパで吸着の原理が「発見」されたのは1784年ごろ(ガルデット)。日本はそれより約250年早いことになります。著者はここから「総義歯のルーツは日本にある」と見ています[1]。
②仏師の手から、「口中入歯師」へ
木の入れ歯は仏像を彫る職人の手慰みから始まり、「口中入歯師」という民衆の歯医者に育ちました。

始まりは仏師(仏像を彫る職人)の手慰みだった、と本書は伝えます。細かな木彫りの技が、あごの形に合わせて木を削る仕事に向いていたのです[1]。
仏像の注文が減ると、入れ歯を生業にする仏師が現れ、「口中入歯師」という職能集団になりました。彼らは香具師(やし。縁日などで商いをする人々)に属し、口中医にかかれない庶民の歯医者でした[1]。
約200個が、今も残っている
江戸では小野玄入、長井兵助、松井源水といった入歯師の名が知られています。現存する木の入れ歯は、使った人の名が分かるものだけで十数個、不明を含めると約200個にのぼります[1]。
③江戸の文人たちと入れ歯
西鶴の笑い話、本居宣長の喜びの歌、杉田玄白の不満。
入れ歯との付き合いは、今とあまり変わりません。
井原西鶴『名残の友』(1700年)には、茶会で入れ歯を茶碗に落とす笑い話があります[1][2]。本居宣長は67歳(1796年)で入れ歯を入れ、老いの朽ち木に若葉がまた生えたようだ、と喜びの歌を詠みました[1]。
滝沢馬琴は52歳で上下の総入れ歯を作り、代金は3両。当時の独身者の約1年分の生活費にあたったそうです[1]。
玄白の不満は、今の相談と同じ
一方、杉田玄白は不満を書き残しました。すり減るとざらざらする、口が渇く、むせる。慣れるまでの違和感は、200年以上前から入れ歯につきものだったのです[1]。
④ヨーロッパでは
象牙から陶器、ゴム、樹脂へ
19世紀以前の欧米の総入れ歯は食事に使えなかった、と本書は伝えます。
材料が変わり、ようやく実用になりました。

19世紀より前、欧米の総入れ歯は実用になりませんでした。本書が引くウッドフォードによれば、貴婦人は宴会の前に自室で食事を済ませ、宴席では入れ歯で食べなかったといいます[1]。
ワシントンの入れ歯は「木」ではなかった
材料は動物の骨、象牙、カバの牙、人間の歯。初代米国大統領ワシントンの入れ歯も、よく言われる木製ではなく、象牙の床に自分の抜けた歯を植えたものでした(1789年、グリーンウッド製)[1]。
入れ歯の材料のうつりかわり(年表の例)
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1538年以前 | 日本・ツゲの木の総入れ歯(佛姫) |
| 1774年 | パリで陶製の入れ歯 |
| 1855年 | 加硫ゴムの床(グッドイヤー) |
| 1890年 | 渡邊良斎が陶歯で特許(日本) |
| 1940年代 | アクリル樹脂の床。今の入れ歯へ |
転機は1774年、パリの陶製の入れ歯です。1855年にグッドイヤーの加硫ゴムが床(あごに載る土台)に使われ、1940年代にアクリル樹脂が登場して、今の材料がそろいました[1]。
⑤今の入れ歯ではこうなっています
型を取り、模型を作り、吸着で保持する。
木の入れ歯から変わらない考え方を、今は樹脂や金属で形にしています。

入れ歯づくりの要は、あごの形を正確に写し取ることです。1756年、プファフが蝋で型を取り石膏の模型を作る方法を記しました。日本の木の入れ歯も蜜蝋で型を取っており、考え方はほとんど同じです[1]。
その後、1864年にシュロットの機能印象(口を動かしながら型を取る方法)、1887年にボンウィルの咬合器(噛み合わせを再現する装置)が生まれ、今の作り方の土台になりました[1]。
変わったのは材料、変わらないのは吸着
今の総入れ歯は、樹脂や金属の床に人工の歯を並べて作ります。粘膜に吸いついて保持する原理は、佛姫の木の入れ歯と同じです。玄白の違和感とは、今は調整を重ねて付き合っていきます。詳しくは入れ歯のページへ。
参考文献(2件)
- 長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』クインテッセンス出版、1992年。第4章「総義歯のルーツは日本にあり」
- 井原西鶴『名残の友』(1700年)。茶会で入れ歯を茶碗に落とす笑い話(長谷川 1992 が引くもの)
