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白い木の机の上に置かれた、18世紀を思わせる革装の古い本と羽根ペン、小さなインク壺。頁に文字は無い。窓からのやわらかな自然光と観葉植物

近代歯科の父の一冊
フォシャール『外科歯科医』(1728年)

300年近く前、歯の治療は「職人の秘密」でした。1728年、パリの歯科医フォシャールが出した1冊の本が、それを誰でも学べる学問に変えました。むし歯から入れ歯まで、今の歯科の分野がすでにそろっていた一冊です。

①今日のTIPS
1728年、1冊の本が歯科を「学問」にした

1728年、パリの歯科医フォシャールが『外科歯科医』を出版。
秘密だった歯の治療を、誰でも学べる学問にしました。

白い木の机の上に置かれた、18世紀を思わせる革装の古い本と羽根ペン、小さなインク壺。頁に文字は無い。窓からのやわらかな自然光と観葉植物
1728年、パリで出版された1冊が、歯の治療を学問にしました(本はイメージ)

18世紀のはじめまで、歯の治療は閉じた世界で受け継がれていました。それを初めて公にしたのが、フランスの歯科医ピエール・フォシャール(1678〜1761)です[1][3]。

1728年、彼は20年以上の治療の経験を『外科歯科医(Le Chirurgien Dentiste)』という本にまとめました。長谷川(1992)は、誰にでも学べる機会をつくった最初の人、と評しています[1]。

5年かけて、医学界の「お墨付き」を集めた

出版までの5年間、医師や外科医ら19人に原稿を読んでもらい、承認を得ました[3]。歯の治療を一人前の学問として認めてもらうための準備でした。

ヨーロッパでは、近代歯科のあらゆる分野の出発点をこの人に求めるのが常識です[1]。「近代歯科の父」の呼び名は、ここから来ています。

②その本に何が書いてあったか
むし歯・矯正・歯ぐき・乳歯・入れ歯

むし歯の処置から矯正、歯ぐきの病気、乳歯、入れ歯まで。
今の歯科の各分野が、すでに1冊に収まっていました。

白い布の上に並んだ18世紀の歯科器具の復元。木の握りの小さなエキスカベーター、充填器、先の曲がった歯石除去器。博物館の展示のような静物
自作の器具で穴を掃除し、鉛で詰め、歯石を取る。本には器具の図もありました(復元のイメージ)

この本のすごさは、分野の広さです。長谷川(1992)の本でも、章をまたいで何度も名前が出てきます[1]。

  • むし歯:自作の器具で穴を掃除し、鉛で詰める。深い穴には丁香油(クローブの油)を含ませた綿を入れた
  • 矯正:糸で結ぶ、金属の板で押す、鉗子(かんし。歯をつかむ器具)で動かして固定する、左右対称に歯を抜く
  • 歯ぐきの病気:膿が出る病気の症状と治療を、初めて詳しく書いた(1746年の第2版)
  • 乳歯:どうしても必要なとき以外、抜いてはいけない。下の永久歯を傷つけるから
  • 入れ歯:部分入れ歯・総入れ歯・差し歯の作り方を図で説明。入れ歯を補綴(ほてつ。歯を補う治療)として扱った最初

フォシャールと『外科歯科医』:1678年から1761年まで

年できごと
1678年フランスのブルターニュに生まれる
1723年原稿を書き上げ、医師・外科医に読んでもらい始める
1728年『外科歯科医』初版。歯科の最初の体系的な本
1746年第2版。歯ぐきの病気を初めて詳しく記す
1761年パリで没。83歳
年号は長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』(1992)と Spielman(2007)による。生没年は一般の事典の範囲。

歯の病気を、103種類に分けた

フォシャールは歯の病気を3つに大別し、103種に分けました[1]。見える部分の病気、根もとや根の病気、歯から起こる全身の症状。分けて名前を付けることが、学問の第一歩でした。

③当時の常識をどう変えたか
歯の虫、砂糖、理髪外科医

「歯の虫」を顕微鏡で探し、見つからず、原因とは考えませんでした。
歯抜きは職人仕事から、学べる医術になりました。

白い台の上の、18世紀の磁器の砂糖壺と、角砂糖になる前の砂糖の塊数個の静物。自然光
砂糖と酸がむし歯を起こすと分かるのは、1冊の本から100年以上あとのことでした

顕微鏡で「歯の虫」を探した

当時、むし歯の痛みは歯の中にすむ「虫」のせいだと信じられていました。フォシャールは当時の優れた顕微鏡を借りて探し、見つからなかったので、虫がむし歯の原因とは考えないと書きました[1]。

虫の正体が植物の種だと実証されたのは1757年。酸がエナメル質を溶かす実験は1768年、砂糖水が酸に変わるとむし歯が始まるという発見は1843年です[1]。彼は100年以上前に、原因を疑っていました。

「歯抜き」から「外科歯科医」へ

近代まで、歯を抜くのは歯抜き職人や香具師(やし。見世物や物売りをする人)、理髪外科医の仕事でした[1]。フォシャールは自分の肩書きを「外科歯科医」とし、本の題名にもしました。

手順と器具を図にして公開したことで、歯の治療は見て真似る職人芸から、本で学べる医術になりました[1][3]。

もちろん、限界もあった

  • 痛む歯の神経は、取り出さずに焼いて殺した
  • 歯ぐきの病気の原因を、壊血病の一種と考えた
  • 入れ歯には型取りと模型が無く、実用には遠かった

どれも、その後の研究で書き換えられました[1]。それでも「原因を考え、記録し、公開する」姿勢は、今の歯科に受け継がれています。

④今の治療ではこうなっています
原因から考える、削る前に話す

むし歯の原因は、細菌が作る酸。
原因から考え、削る前に説明する今の一般歯科は、この一冊の延長にあります。

明るい診療室の白いトレーに、滅菌パックから出した清潔なミラー・探針・ピンセットと、歯の色の樹脂を詰める器具が並ぶ。白と淡い緑の背景、自然光
今の器具トレー。穴を掃除して詰める流れは、300年前と同じです

今では、むし歯の原因は口の中の細菌が糖から作る酸だと分かっています。原因である細菌と糖、歯の質、時間の関係から考えるようになりました。

穴を掃除して詰めるという流れは、フォシャールの時代と同じです。鉛は、歯の色に近い樹脂などに変わりました。

記録して、説明する

彼が本に残した治療例は、今は一人ひとりの記録と説明に姿を変えています。どこがどうなっていて、どんな選び方があるかを、削る前にお話しします。

当院の一般歯科・むし歯治療の進め方は、下の診療ページでご覧ください。

参考文献(3件)
  1. 長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』クインテッセンス出版、1992年。第II部 第1章(歯の虫、むし歯の処置、焼灼)・第3章(矯正の4つの方法)・第4章(入れ歯)・第5章(1746年第2版の歯ぐきの病気、病気の分類)・第6章(乳歯)、第I部 第3章(歯石除去器)
  2. ピエール・フォシャール(Pierre Fauchard)『外科歯科医(Le Chirurgien Dentiste, ou Traité des Dents)』初版 1728年・第2版 1746年、パリ(上記 [1] が引く一次資料。[1] は川上為次郎『歯科医学史』、高山直秀訳『フォシャール 歯科外科医』医歯薬出版 を引く)
  3. Spielman AI. The birth of the most important 18th century dental text: Pierre Fauchard's Le Chirurgien Dentiste. J Dent Res. 2007;86(10):922-6. doi:10.1177/154405910708601004PMID: 17890667
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