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明治期の西洋式歯科診療室の再現。古い革張りの診療椅子と木の器具棚、白い壁、大きな窓から午前の自然光。人物はいない

日本で最初の歯科医師
明治8年、小幡英之助

日本に「歯科医師」という資格ができてから、まだ150年ほどです。それまで歯を抜き、入れ歯を作っていたのは、医師ではなく職人でした。明治8年、小幡英之助が「歯科」で試験に合格するまでの話です。

①今日のTIPS
150年前、日本に「歯科医師」はいなかった

「歯科医師」は明治になって生まれた新しい職業です。
それまで歯の悩みを引き受けていたのは、口中医と入歯師でした。

明治期の西洋式歯科診療室の再現。古い革張りの診療椅子と木の器具棚、白い壁、大きな窓から午前の自然光。人物はいない
明治のはじめ、横浜や東京に西洋式の歯科診療室が生まれました(再現のイメージ)

今は歯が痛めば、歯科医院へ行きます。けれど150年前の日本に、「歯科医師」という資格はありませんでした [1][3]。

江戸時代、口の病気を診る医師は「口中医(こうちゅうい)」と呼ばれました。一般の医学を修めた医師で、のどの病気や抜歯も手がけましたが、入れ歯は作りませんでした [1]。

西洋の歯科医学がやってきた

幕末から明治のはじめ、横浜や東京に、アメリカ人などの歯科医師が相次いで来日します。長谷川(1992)は、日本の近代歯科はこの人たちがもたらした西洋歯科医学から始まった、としています [1]。

その治療を間近で学んだ日本人が、この記事の主人公、小幡英之助(おばた えいのすけ)です [2][3]。

②入歯師と「歯抜き」の時代
江戸の口の医療

庶民の歯を抜き、入れ歯を作っていたのは入歯師です。
香具師の仲間で、医学の教育は受けていませんでした。

白い布の上に置かれた、江戸の入歯師の道具の静物。ツゲの木の入れ歯、小刀、彫刻刀、小さな木槌。窓からの自然光
入歯師の道具:木の入れ歯と小刀(イメージ)

口中医にかかれるのは、限られた人でした。多くの庶民の歯を引き受けたのは、「口中入歯師(こうちゅういればし)」と呼ばれる職人です [1]。

木の入れ歯づくりは、仏師の手慰みから始まったと伝えられます。やがて入れ歯を専門に作る集団ができ、そのなかから抜歯や口の治療も行う者が現れました [1]。

香具師の仲間だった

長谷川(1992)によれば、入歯師は香具師(やし)に属していました。縁日や盛り場で口上を述べて商いをする人々です。技は親分子分の関係で習い、医学の教育は受けていません [1]。

浅草の松井源水は、独楽回しの芸で人を集め、歯磨き粉を売り、歯を抜き、入れ歯も作りました。江戸の名物として書き残されるほどの人気でした [1]。

腕のよい職人はいました。けれど「誰が、どんな学びを経て治療するか」を社会が定める仕組みは、まだなかったのです。

③明治8年、最初の歯科医師
小幡英之助と「歯科」という名前

明治8年、小幡英之助が医術開業試験に「歯科」で合格。
この名が広まり、明治39年に歯科医師法ができました。

明るい木の机に置かれた、明治の免状を思わせる古い和紙の巻物と筆、硯。文字は無い。窓からの自然光
明治8年、「歯科」で試験に合格した最初の人が生まれました(和紙はイメージ)

小幡英之助は中津藩(今の大分県)の出身です。横浜で開業していたアメリカ人歯科医、エリオットのもとで西洋の歯科を学びました [2][5]。

明治7年(1874年)、政府は「医制」を定め、医師の免許制度を整えます。翌・明治8年(1875年)、第1回の医術開業試験が行われました [2][3]。

「口中科」ではなく、「歯科」で

小幡は、江戸からの「口中科」ではなく、「歯科」という新しい名前で受験することを願い出て、合格しました。日本歯科医史学会の資料は、このとき「歯科」はまだ公の名称ではなく、小幡が独自に使った言葉だった、としています [2][3]。

長谷川(1992)も、「口中科」が小幡の申請によって「歯科」になった、と記しています [1]。

「歯科医師」ができるまで:明治のおよそ30年

年できごと
1874年医制。医師の免許制度が始まる
1875年小幡英之助が医術開業試験に「歯科」で合格
1879年医術開業試験規則に「歯科試験」。「歯科」の名が広まる
1890年入歯師の流れをくむ渡邊良斎が、西洋式の陶歯で特許
1906年歯科医師法。「歯科医師」の身分が法律で定まる
年号は日本歯科医学会『第24回学術大会記念誌』(2021)と長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』(1992)による。

明治12年(1879年)の試験規則に「歯科試験」が設けられ、「歯科」の語が広まります。明治39年(1906年)、歯科医師法が医師法と同時に制定され、「歯科医師」の身分が法律で定まりました [3][4]。

④今の治療ではこうなっています

今の歯科医師は、国家試験を経た国家資格です。
むし歯の治療の多くは健康保険で受けられます。

現代の明るい歯科診療室。白い診療台と淡い緑のアクセント、木目の床、観葉植物、大きな窓から自然光。人物はいない
今の診療室。「誰が治すか」は、国家資格として定められています

今の歯科医師は、大学の歯学部で学び、国家試験に合格した国家資格です。免許を受けたあとには臨床研修もあります。

治療の中身も、入歯師の時代とは別のものです。むし歯の原因が分かり、麻酔があり、レントゲンで確かめられます。多くの治療は健康保険で受けられます。

150年で変わったこと、変わらないこと

変わったのは、「誰が治すか」を社会が決めたことです。変わらないのは、歯の痛みに困る人がいて、それを何とかしたい人がいること。小幡英之助の「歯科」は、そこから始まりました。

むし歯の治療の進め方は、一般歯科のページでご案内しています。

参考文献(5件)
  1. 長谷川正康『歯科の歴史おもしろ読本』クインテッセンス出版、1992年。第II部 冒頭「歯科治療の歴史をひもとくと」(イーストレーキ・ウィン・エリオットの来日、口中科から「歯科」へ)、第I部 第2章(香具師・松井源水)、第II部 第4章「総義歯のルーツは日本にあり」(口中医・口中入歯師・渡邊良斎)
  2. 槻木恵一「【識者の眼】新しい時代に医科歯科連携を進め、国民の健康に貢献する」日本医事新報社ウェブサイト(小幡英之助とエリオット、明治8年の第1回医術開業試験、「歯科」での受験)
  3. 日本歯科医学会『第24回日本歯科医学会学術大会記念誌』2021年。第1部「日本歯科医学会のあゆみ」(日本歯科医史学会 石橋肇・佐藤利英・渋谷鑛・西巻明彦)。明治7年の医制、小幡英之助の「歯科」合格、明治12年の医術開業試験規則、明治39年の歯科医師法、明治40年の東京歯科医学専門学校
  4. 東京都保健医療局「歯科医師」(制度の歴史:明治7年、明治39年の旧歯科医師法、昭和23年の現行歯科医師法)
  5. 早稲田大学図書館 古典籍総合データベース 解題(小幡英之助は旧中津藩出身。明治初年にフランス公使館医アレクサンドルが銀座で歯科を開業)
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